ベートーベン バイオリン 協奏曲
2020/07/08 2020/07/18

2020/07/08 2020/07/24 2020/06/27東 賢太郎さんがコメントした記事 2020/06/29 2020/07/16 2020/07/24 2020/07/12 2020/07/08

2020/07/13 東大法学部卒、ペンシルベニア大学経営学修士。31年のサラリーマン生活を経て2010年にソナー・アドバイザーズ(株)を設立。現在に至る。 2020/07/18 同じコンビでブラームスのヴァイオリン協奏曲と二重協奏曲も録音していますが、こちらの方もシェリングの丁寧でふくよかな音の響きを堪能させてくれる演奏です。どちらかというとベートーヴェンよりもブラームスの方が出来は良いと思います。

Misc.

since September 2012 2016 AUG 22 0:00:26 am by 東 賢太郎なるほどこのトシになってつまらんものはつまらんと言えますが、ガキのころはそうもいきません。この曲には因縁があってストラヴィンスキーとバルトークばかり聴いていたころ、雑誌でしたかFM放送でしたか、「いくら難しい曲を聞いたって、ベートーベンのヴァイオリン協奏曲も知らないのでは困りますね」と評論家先生がのたまわって、なるほどそういうもんかと思いました。そこでいろいろ批評を読んでみると、 そうか、セイシンセイがわからないとベートーベンは理解できないのか!そういうことになってしまい、この曲はおろか交響曲までしばし縁遠くなってしまうのです。当時のわが国音楽界は「精神性がない」という殺し文句でカラヤンすら血祭りに上がる恐ろしい国だったのです。精神性が認定されれば音が少々外れたって推薦されるのだから比例代表制みたいなもんだ。ドイツ人のベテランはほぼ当確、イタリア、フランス、ロシア、東欧は巨匠のみ、英米に至るとほぼ落選というわかりやすい図式ではありましたが、セイシンセイの実体を僕が理解する日はついにやって来ませんでした。この曲がシンプルに楽しいと思ったのは、フィラデルフィアでイツァーク・パールマンのあっけらかんと明るいソロを聴いてからでした。そしてさらに決定的だったのは84年のアイザック・スターン(どちらもムーティ/PHOの伴奏)のこわもての威厳ある演奏です。ということは、何のことない、30才近くまで僕は「ベートーベンのヴァイオリン協奏曲も知らないのでは・・・」という状態だったのです。ところが困ったことにこの曲、好きになれる演奏がなかなかない。第1楽章、オケの序奏が3分もあってやっと登場するソロはドミナント和音をなぞって上昇し、高音で第1主題を弾きます。ここが問題で、どうもどれを聴いても音程が気に食わないのです。それはここです。あの超絶技巧のハイフェッツも、そういうことはまずない最右翼であるオイストラフすら最高音 ラ#、シ があぶない。歴史的大ヴァイオリニストに向かってそう公言してしまう僕もあぶないのですが、耳がおかしいかとyoutubeを片っ端から聴きましたが大家、名人ほぼ全滅、あのユリア・フィッシャーすらだめだ。これは何なんだろう?スコアを観て想像がつきました。上の楽譜の2小節目のソーファーソラからバックに木管の伴奏和音が入りますが、問題の ラ#でオーボエ、クラリネットがシ、ファゴットが ラを吹いていて、ヴァイオリンが弾かされるラ#は上下どっちとも短2度という「汚い音」なのです。しかもそれをクレッシェンドしてsf で弾けなんて罪なことが書いてあります。これはピアノなら全く自然に聴き過ごせる経過音なのですが、倍音が乗ってる木管をバックに聴衆が耳をそばだててる繊細なハイポジションの音取りとなると、明らかな不協和音だからみなさん恐らく感覚的に嫌で、ラとシのどっちに寄せるかというと和声のバスであり2オクターヴと距離も離れているラに無意識に寄るんじゃないか?しかし旋律の流れとして、これは高めに、シに寄せてもらわないと僕は気持ちが悪いのです。それはまず、音取りの問題が(あまり)なく楽譜通り鳴っているクラリネット・ソロ版で聴いてください(4:14がそこ)。引き合いに出して大ヴァイオリニストにはお詫びしますが、これの3:49と比べていただきたい。そんな細かいこと鑑賞に影響ないだろうという声が多そうです。こういう部分が僕的鑑賞の苦しいところで、その調性の12音のピッチバランスがメロディーの和声構造に添って(特にミとシが)、僕的にはオレンジ色に調性感をふくらまして、陽光の中でシワなく表面が外側に湾曲してピンと丸々と張ったテントみたいにはちきれていないといい音楽に聴こえません。音程は音楽のファンダメンタルズであって、それが欠ければ即こりゃいかんということになってしまう。それがこの名曲ほど顕著に感じられてしまう音楽はなく、この個所はベートーベンが管弦楽をピアノの耳でダイナミクスを書いたというちょっとした不備で、指揮者はオケ部分のクレッシェンドと sf は無視してヴァイオリンに隙間を与えてやり、ソリストに音程の指示はできないのだろうが自分でそうできる人とやるしかないでしょうね。いずれにしてもここは体操競技ならF難度の個所であり、僕はコンサートでここがダメだともう減点です。もうこのトシですからつまらんものはつまらんと言います。こういう演奏でないと僕はこのコンチェルトはアホらしくて聴く気もしない。いい加減な耳や技術の人は弾くべきでないし、そういう部分を「それなりに」で済ましてしまう神経の人はこの曲はそもそも無理だからやめた方がいい。ベートーベンの書いたうちでもトップクラスの名曲であり、交響曲と同じほど動機を構築してできた有機的建造物であり、技術と知性なくして良い演奏などなしえない。指揮者にも同等の知性とバランスが求められる至難の曲です。最初のF難度だけでこんなに書いてしまいました。この先も難所続出であり、曲の構造分析は始めたら止まりません。僕が最も畏敬する音楽の一つであり、今回はここで敬意を表して終わり。次回することになります。なお精神性のほうは精神科のお医者さんか心理学者さんにご相談ください。  これは音源室をひっくり返していたら出てきた録音でyoutubeにupしました。1967年5月30日、パリのシャンゼリゼ劇場でのライブで、細部の完成度は落ちますが補って余りある名演です。フェラスは微妙にポルタメントがある古い流儀で、僕は実演に接しませんでしたが弓を持つ右ひじが上がる現代メソッドでは良くないとされる弾き方だったそうです。しかし肉体の負担をもってしてこのストラドの音色は得られたのでしょう。全編が歌。歌わない音符はなし。フェラスの音のとり方はとても趣味に合います。平均律のピアノではなし得ない、歌と弦楽器にだけ許される「和声の王宮」にどっぷりつかる幸せ。これをくれる演奏家はそういるものではありません。ちなみに上掲のラ#は常人と逆にフェラスは高めにとっているのが彼の和声感覚でしょう、そういうものが共鳴することで音楽はとてもパーソナルな、プライベートなものになるのです。カイルベルトの重厚な伴奏がフランスのオケからドイツの音を引き出してますね、最高に素晴らしい。  Yahoo、Googleからお入りの皆様ソナー・メンバーズ・クラブのHPは  

2020/07/24 Notes Original images: 300dpi, grayscale jpg files approx. 目次ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61は、1806年に作曲されました。曲調はベートーヴェンの穏やかな部分が溢れており幸福感に包まれるような音楽です。ベートーヴェンのヴァイオリンと管弦楽のための作品は合計4曲あり、他には2曲の小作品「ロマンス(作品40および作品50)」と未完の協奏曲があります。1804年からの10年間は、交響曲第3番(英雄)をはじめとする6つの交響曲やピアノ、ヴァイオリンの優れた協奏曲を次々と作曲しています。ここではベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」の解説と名盤の紹介をしたいと思います。ベートーヴェンはピアニストの名手として知られていますが、弦楽器の演奏は得意ではありませんでした。ベートーヴェンのピアノ曲は自分でも弾くために作曲されていましたが、ヴァイオリン協奏曲はそうではありませんでした。自筆譜には「クレメントのためにクレメンツァ(慈悲)をもって作曲」というジョークが残されています。今では歴史的傑作として評価されている作品ですが、初演は失敗に終わったそうです。まずは曲が長すぎることです。当時の協奏曲は華やかでヴィルトゥオーゾを楽しむものでしたので、人々にとっては新しすぎたのかもしれません。ちなみに不評だった初演ですが、演奏自体はクレメントの名演により大喝采を浴びました。クレメントは若い頃からその才能を発揮し、初見で難解な曲を弾きこなすことで知られていました。ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」は抒情的で気品があるのが印象的です。シェリングとシュミット=イッセルシュテットの共演による、名盤中の名盤です。ベートーヴェンがこの作品を作曲していた頃の充実した精神状態まで感じとれるようです。クラシック音楽「名曲」の解説と名盤(Musica Classica) All Rights Reserved. 2020/07/24 2020/07/07総閲覧数: 5780718ソナー・メンバーズ・クラブCOPYRIGHT ©︎ 2020 Sonar Members Club.