落合博満 講演会 サイン
今日は渋谷公会堂で行われた「落合博満講演会」に行ってきた。 元々オレは落合のファンで、ロッテから中日にトレードで来たときから好きだった。 FAで巨人… 今日は渋谷公会堂で行われた「落合博満講演会」に行ってきた。 元々オレは落合のファンで、ロッテから中日にトレードで来たときから好きだった。FAで巨人に行ったときは流石に日ハムに行くまでファンをやめたが(笑)だから2004年に中日の監督になって戻ってきてくれたときは本当に嬉しかった。2006年のセリーグ優勝の時は東京ドームにいて胴上げを見届けた。 そんな落合が中日の監督を辞めたとき、オレも中日ファンをやめた。 それくらい思い入れのある人なんだが、やらないかなと思っていた講演会。ぴあで先行でチケットを入手。なんと渋谷公会堂で5列目をゲット。世の中アンチも多いしな、しかも渋谷公会堂は2000人入る場所、流石に講演会で2000人は厳しいだろうなと思いつつ会場に向かった. 現役最終年となった消化試合という寂しいシーズン最終戦となった10月7日の対ロッテ戦(ダブルヘッダー第2戦)での代打出場が、現役最終打席となった(対戦相手は引退後はその間の2001年2月、2003年10月8日、中日の監督に就任することが発表された(3年契約)監督としての契約は10月限りで切れていたので、以降は1日ごとの契約更新となった。ヤクルトとの11月20日、日本シリーズで同年8月、2013年選手との契約更改にGMとして同席し、退団し巨人に入団した2016年は19年ぶりの最下位に低迷し、12月20日、球団は契約切れとなる2017年1月限りで退任すると発表した。2018年からは落合の採用していた打法は、同じ通算で510本の本塁打を放っているが、そのうちの176本は右翼への本塁打である(初の三冠王を取った1982年は32本塁打のうち20本が右翼への本塁打であった。)。アウトコースの球を払うように流し、本塁打にしてしまう技術に感嘆したスポーツライターのリーグ最多四球を1984年から1991年の8年連続含め、通算9回記録した。通算1475四球は落合いわく、自身が三冠王をとれたのは「三兎(打撃の三冠タイトル)をおって三兎を得る勢い」でやったからとのことであり、俗にいう「二兎を追うものは一兎をも得ず」を野球選手は考えてはいけないとのこと一塁手、三塁手、二塁手としてそれぞれ出場経験があるが、最も出場試合数が多いのは一塁手である20代で1度離婚後、9歳年上のプロ入り前からの熱心な現役時代、プロ入り時の監督であったロッテ在籍時代、阪急ブレーブスのエース・鬼と化して野球に打ち込んでいるものの、落合本人は野球が好きなわけではなく、「俺は野球見るの嫌いだもん。大リーグも観ない。高校野球も観ない。これから仕事で、野球で頭を使わなきゃいけないのに、余計に頭を使う事はないだろ」と発言している通り、野球は仕事だと認識している前述のように、暴力嫌いであり、中日の監督に就任直後、招聘した全コーチに、「いかなる理由があっても選手に手を上げてはいけない。守れなかった場合は解雇する」という条件付きで誓約書にサインさせたのである。この2年前に退任した星野仙一監督の下、鉄拳制裁等の暴力が日常的になっていた。その慣習を変えるべく、選手を守るためにこのような方針を打ち出した。 試合中のハマスタにほど近い会場で、いつもどおりシニカルに飄々と語るのは落合博満氏(65)だ。去る3月16日、「オレ流野球の真実 決断=実行」と題した講演会を横浜市内で開いた落合氏。シーズン開幕直前に、忖度のない〝落合節〟が聞けるならば、と足を運んでみた。 監督就任時の2004年監督就任1年目の開幕戦から数試合は、勝ち試合のゲームセット時にベンチで喜びを露にしていたが、徐々に試合中は無表情となり、一切感情を露わにしないことでも知られていたが、2011年11月の監督退任後には「イニング毎に必ずベンチ立つでしょ? (2019年)年初、友人のFacebook投稿を見て「俺も行きたいなぁ」と、機を伺っていた和歌山県の太地町にある落合博満野球記念館へ。日程はご子息の落合福嗣さんのツイート↙️をもとに「さて、(行き方を)どうしようかと」。和歌山県内は、関西空港起点に和歌山市、紀の川市など何度か往訪歴があるものの今回目指す紀南地方は土地勘はおろか、インターネットで情報を検索すれども不安広がりゆく状態で、年初に訪れていた友人に声掛けすれば同行を即断して貰い、帰省シーズン、新幹線内の座席バトルを制するなどして朝8:20 JR四日市駅に到着。そこから友人の車に乗車し、180km南下の旅路へ。道中、SA(サービスエリア)で小腹を満たすなり、観光スポットを訪れるなり。そんなこんな3時間半を経過した頃にようやく道路標識に「太地」の文字や「落合博満野球記念館」の看板もちらほらと ^^「いよいよか〜」とワクワク度高まりますが、目的地に進むほど、そのロケーションに驚かされ、小高い丘、海を見下ろせる住宅地の角(奥)といった立地。「よくこんな所に作ったなぁ」と ^o^見晴らし良き崖近くに駐車し、いざ落合博満野球記念館へ。入場券(大人1枚 2,000円)を買い求め、館内に入り展示の回遊を始めようとすれば係員の方から「今、ご本人いらっしゃいますので・・」と、いきなりクライマックス状態 ^〜^;仕込んでいたラッピングされていたサイン用バットに、本人の元へ歩を進め、為書きの依頼など。気さく(に神対応)と聞いていたものの実際、本人を目の当たりにすると緊張が勝ってしまい、辛うじて「サイン書いて頂いている時の写真撮ってもいいですか?」と質問させて頂けばしばし間を置いて「あ?いいよ」と。そんなやり取りからドキドキ⤴︎つつ、落合博満さん滞在時、来場者のハイライトとでも云うべきブロンズ像前でのツーショット撮影。落合博満さんが係員の方に「いっぱい撮って。失敗したら削除すれば良いから」と。サインを頂いたバットに、握手に応じて頂き、思い出の瞬間を記録文字通りの「あっ」という間ながら、これでこの場を訪れた全てが報われたような気分に支配されることに ^^その後、友人と2F喫茶コーナー BASEBALL HEROに移動し、人生久々のクリームソーダを注文し、熱気覚まし。階下で見切れていなかった展示物を回覧するなどして興奮冷めやらぬところ退館。とりあえず「空腹を満たし、バック・トゥ・四日市。今回の旅程を決めるにあたり、「果たして日帰り出来るのか?」と云うことが不安の大きな割合を占めていましたが結果として14:30頃に現地(太地町を)出発し、暫時休憩を取りながら、四日市に戻れたのが、18:00過ぎ(因みに、高速料金は片道2,070円)。帰省シーズンでも、新幹線上り(東京行き)は平時と変わらぬ混み具合で、在来線、新幹線とも始発を乗り継いでの旅程で、とても一日内での出来事とは感じられぬ東京へ向かう車中での心地でしたが「落合博満野球記念館」滞在時の余韻に支配され、気分良く過ごせた2019年年末を彩ってくれた一日となりました〜 中日ドラゴンズ 元監督/元ジェネラルマネージャー 落合博満講演会2019 に参加。 落合博満講演会の履歴を紐解いてみると・・ 2017年6月以来。 変わりゆくプロ野球選手気質 今シーズン、プロ野球はさっぱり見ておらず、今日で会場近くの横浜スタジアムで、讀賣ジャイアンツの優勝が決まるかも? この記事には選手時代は翌落合が在籍した1996年、史上7人目の通算500本塁打、史上7人目の通算1500打点を達成。8月31日の対中日戦で同年オフに1996年オフ、巨人と同じく東京都内に本拠地を置いていたいずれも規定打席に到達したシーズンの中では過去最低の成績に終わったが、44歳になる年での規定打席到達は2018年シーズン終了時点でも日本プロ野球史上最年長記録である。同年のオールスターゲームにも出場したが、結果的に落合にとって現役最後のオールスターゲーム出場となった。 落合 博満(おちあい ... 守れなかった場合は解雇する」という条件付きで誓約書にサインさせたのである。この2年前に退任した星野仙一監督の下、鉄拳制裁等の暴力が日常的になっていた。その慣習を変えるべく、選手を守るためにこのような方針を打ち出した。 稲尾和久との関係. 入団当初は打撃の感触を重視するため、手袋を使わずに素手でバットを握った。これは往年の王貞治も同様である(ただし、春秋キャンプやオープン戦などの寒い時期は落合、王とも手袋を使用することがあった)。また、死球時の保護のため、緩衝材を入れた特注のリストバンドを使用していた。 今日(6日)は東京の渋谷公会堂で行われた落合博満講演会に行ってきた。時あたかもWBCへの日本代表チームの参加が正式に決まり、侍ジャパンを率いる監督は誰がいい?という議論が起きているさなかの最有力候補